ブッダガヤ・ラフールナガール村 支援プロジェクト

はじめに

2012年12月より、仏教子ども救援基金では、インド北部の仏教の聖地・ビハール洲ブッダガヤにおいて、最貧困家庭の子どもを就学させるプロジェクトを実施するための調査活動を行いました。日本人スタッフを常駐させ、日本の仏子事務所と毎日連絡を取りあいながら、ブッタガヤ中心部、市街地、周辺農村部を回り、小学生の就学調査をしました。そして調査結果を踏まえ、ブッタガヤ周辺で現在、最も家庭の貧困度合と子どもの未就学率の高い村、ラフールナガール村を当面の支援対象地と決定し、支援プロジェクトを始動させました。

 

ブッタガヤ市周辺の教育環境

昨年までは仏教救援基金は南インドに事務所を開設して支援活動を行っていましたが、今年度はさらに貧しい地域に活動を広げるにあたり、インドでもっ とも所得の低い洲はビハール州を選びました。その中でどこにスタッフの駐在事務所を置き、活動を始めるかにあたり、ブッタガヤが候補に上がりました。その 理由はここは仏教の聖地であるために、現在多くの日本の支援団体が活動しているというインターネットからの情報を得たからです。新しい地域で活動を始める にあた り、現地に協力者がいないと、効果的な調査と支援プロジェクトが行なえないと同時に、単身現地に乗り込む日本人スタッフの安全が確保できないからです。

 

そして当初はブッタガヤに別院と宿泊施設を持つ寺に宿泊しながら、ブッタガヤ周辺の教育状況を調べました。実はこの寺自身も周辺の子どもを対象に補習教室 を主催しています。とにかく調査の結果として我々が見たものは、現在において、ブッタガヤ市街地は当初予想していた「多くの貧困層が集まる問題地域」では なく、また明らかに供給過剰となった各国の支援団体による似通った支援活動がそこで行なわれているということでした。

*もちろん中心地域にも貧困層は数多く居住しています。しかし周辺の農村地区に比べると豊かな生活状況のようです。各国の支援団体や地元の団体が運営する 学校や、定期的に行う食料の供給なども充実しています。またインドの経済発展のため、道路・電気・などのインフラもかなり充実しており、就業環境、教育環 境は整いつつあります。ただし以前はここもひどい子どもの教育環境であったことは確実ですので、支援が必要であったのは事実です。確かにそれでも日本のよ うに子どもが大学までいけるような環境ではありません。高校までいければいいという状況です。その意味では支援が必要ないということではありません。しか し限られた活動資金を使うにあたり、仏教子ども救援基金は、ある程度の教育環境が整った地域をさらに支援するより、優先したいのが、小学校にもまともに通えない子ども達の暮らす地域ということです。

そこで仏子では、教育支援の優先性の低いブッダガヤ中心地を離れ、ブッタガヤから距離がある周辺農村の調査に入りました。最初に調査したのは、ブッタガヤ市の川向こうにある「スジャータ村」でした。お釈迦様がこの村の少女から乳粥をもらったという逸話がある場所です。しかし、このスジャータ村にも海外の支援が充実している「ニランジャナスクール」という私立学校をはじめ、やはり海外の支援を受けながら地元の寺が運営する3校のフリースクールから政府の運営する公立学校まで、子ども達の教育環境についてはかなり充実していましたし、観光客がここに足を運ぶことも多く、寄付が集まる場所ですから中には海外の旅行者から寄付をもらうことを目的にして、見せかけの学校を開いている団体もありました。

とにかくこの様にブッタガヤ市内に留まらず、橋を渡った隣の村まで海外からの支援は行き届いていました。そのため我々はさらに調査範囲を広げ、観光客が訪 問する機会のない村々を調査しましたが、確かに貧しいながらも子どもたちの多くが学校に通えていました。そして各国の支援団体の資金をもとにした私立学校 がある村も数ヶ所見つけました。

このようにブッタガヤ周辺農村の教育環境は整いつつあり、仏教子ども救援基金が対象とするような対象はないのではという疑問を持ちつつも、2本の川 を横断しなければ辿り着けないブッタガヤからのアクセスの悪い「前正覚山(ブッダが苦行をしたとされる岩山)」周囲6つの村の調査に入りました。

* この地域は乾季である1月~6月中旬までは、ブッダガヤ中心地から川を直接横断してバイクで片道5㎞ほどで辿り着くことができる(自動車は不可)。しかし 7~12月までは雨季の大雨の影響により、ブッダガヤ中心地から川沿いを北上しなければ橋がないため、35㎞以上の距離となってしまう。

調査の結果、前正覚山周囲6つの村の中のひとつ、山裾1㎞ほどに渡って119軒の家々が連なる「ラフールナガール村」がブッタガヤ周辺農村で特に貧しく、子どもの就学率も悪いことが判明しました。
こ の村はブッタガヤ周辺の村と違い、電気・水道・道路がほぼ整備されていません。また、この村はガヤ市内の売春エリアから15㎞ほどしか離れていないため、 いつ子どもたちがそういった仕事に就かされてもおかしくありません。貧困のために売春や児童労働に陥ってしまう子どもを1人でも多く、1日も早くサポート したい、という想いから、仏子はこのラフールナガール村をブッダガヤにおける最初の支援地域に決定しました。

 

ラフールナガール村の教育環境

ラフールナガール村の支援を決めた我々は、まず村のリーダーに自己紹介をしなければならないと考え、この村唯一の公立小学校・ラフールナガール小学校へ挨拶と情報収集に向かいました。

 

この小学校の校長は、ドウルガーという26歳の若い先生です(左写真の中央3名の教師のうち、右端のピンクのシャツを着ている人物)。そしてこのドウルガー校長こそが、この村のリーダー的立場にある人物でした。

インドでは英語が準公用語と定められています。そのためこの公立学校でも英語は3年生から必修科目となっています。しかしドウルガー校長以外、指導できる教師がいません。このため、この学校の児童は簡単な挨拶さえも英語では理解できません。

 

仏子の現地スタッフが、ドウルガー校長にこの村を訪れた理由を話すと、彼はとても協力的に対応してくれました。そして何度か相談に訪れるうちに、今年度の 登録児童155名に関する資料を閲覧させてくました。さらに昨年度の登録児童173名のうち、年間出席率が75%以上(年間授業数176日)だった児童 84名の名簿のコピーまでさせてくれました。

4月~5月中旬(現時点)までの間、ほぼ毎日学校に顔を出し続けた結果わかったのは、上述したようにこの学校の教師の質も周辺他校と同様、児童にまともな教育ができる能力と情熱は、ドウルガー校長をのぞいて、皆無だということです。それゆえ教育熱心な家庭は子どもを海外支援団体のサポートする私立学校に通わせます。また、昨年度出席率75%以上だった児童数84名という校長からの報告は、現地スタッフの調査では水増しがかなりあり、実際に学校へ行っている子どもは3割ほどで、残りの7割はほとんど通っていないのではないかと思われます。現在調査中です。
この村には昨年度、190名の就学児童(6~14歳)が居住していました。そのうち173名がラフールナガール小学校に登録された児童でした。その他の児童につきましては、おそらく隣村の私立学校へ通っているか、まったくどの学校にも通っていないと思われます。

 

ラフールナガール村の生活環境

この村のほとんどが土地を持たない小作です。この地域の農繁期は「4月の麦刈り/7月の田植え/12月の稲刈り/2月の麦撒き」で、年間4ヵ月しか農業の仕事はありません。報酬は現金ではなく、各自の労働に見合った現物を、小麦粉または精米という形で受け取っています。男性は5~6時間労働あたり6~8㎏、女性は3~4時間労働(炊事があるため)あたり2~4㎏の日当です。この仕事により、村民は年間の主食料の大半を確保しています。そのためその間、子どもは学校に行かずに家事、育児を担うことになります。

*主食と副菜(野菜・豆のみのカレー)の不足分は、2~3ヵ月に一度政府から無料配給される食料と調味料で賄っています。乳牛か鶏を飼っていない限り、彼らは特別な日以外に動物性食品を口にすることはありません。
*インドでは1950年に身分の世襲制度を否定した法律を採用していますが、「カースト」ではなく「カテゴリー」という分類で現在なお差別は存在しています。カテゴリーの分類は、上から順番にLC→NC→BC→SC/STとなっています。ラフールナガール村は最下層カーストを意味する「SE」のみで構成された地区です(政府の公式資料である学校の出席簿にもSEという文字が生徒の名前の横に記載されている)。彼らは隣村に住む「BC」の地主に雇われ農作業に従事しています。

農繁期以外では男性のみ、ブッダガヤ中心地かガヤまで、乗り合いの三輪タクシーで時々建設労働に出ています。しかしこの仕事は1ヵ月のうち数日しかないそうです。日当は180~250ルピーほどですが、大半の男性は飲酒+煙草を呑むため、父親が得た賃金が一切入ってこない家庭も珍しくないようです。 
そのようなこの村の環境のため、子ども達の多くが学校に行かないのが当たり前となっています。また、農地を含めて土地を持たない農民が主の村であり、村自体が岩場の荒れ地に所在することから、野菜を作るスペースも環境もないのが現状です。

 

仏子によるラフールナガール村の支援計画

結論として、ラフールナガール村では

  1. インド政府や海外からの支援がないため、他地域と比べて教育資源が不足している。
  2. 公立学校の教師の質が悪く、学校に通える子どもでもほとんど知識が得られない。また、学校から未就学児童への取り組みが一切ない。教師の給料が安く、数か月支払いが遅れることもあり、教師も意欲を喪失している。
  3. 村人は小作人で生活が厳しく、子どもに教育を施しても、親と同様小作人として生きていくしかないというあきらめが蔓延しており、親が家事・育児・農業などの仕事をさせ、子どもを積極的に通学させない。

という状況があり、そのために就学率の低い状況が続いています。これを改善するために

  1. 未就学児童が就学できるよう、村の意識・親の意識を高めるような啓蒙活動を行う。
  2. 劣悪な学校の環境と教材の不備を改善し、魅力的な学校を作る。
  3. 教員のレベル向上のためのトレーニングを行う。

などの事業を予定していますが、それだけでは未就学児童の解決にはつながりません。

聞き分けの良い親であれば啓蒙や学校の質の良さを理解して、子どもを就学させるでしょうが、教育に無理解な親や子どもへの愛情が欠けている親は、子どもを 就学させないでしょう。そのような親を持つ子どもたちは、学校がどんなに質の良い教育を提供しようと、施設が素晴らしいものになろうと、学校に通うことな く、貧困のまま取り残されます。この限界を乗り越えられないでいるのが、ブッタガヤの多くの支援団体です。

そこで仏教子ども救援基金はインド政府や海外の支援団体が行うような、単なるお金や箱モノの支援だけを行うことはしません。そのような支援は、村の自助努力を奪い、村人の依存体質を助長することにつながりかねないからです。また、支援団体は支援を続けていかなくてはいけなくなります。もし支援が滞れば、村は元の貧しさに戻り、子どもはまた学校にいかなくなるでしょう。

そこで、仏教子ども救援基金は、支援から置き去りにされる子どもこそ、最も助けなければならない対象として、次の事業を展開します。

  1. 貧困による未就学児童問題を解決するため、村の農業振興を図る。具体的には、家畜の貸与/有機栽培野菜・果物の生産と流通の確立/農産物の加工品開発/果実用樹木苗木の生産と流通の確立、等を仏子の直接管理下にある農業法人が運営し、農業法人が村人を雇用する。同時にそのノウハウを村に提供し、ゆくゆくは村営の農業組合に事業をゆだねていく。
  2. この村はほとんどが農地を持たない農民です。それゆえ農地を確保するのに限界があるため、工業製品等の加工が村で出来るような事業を進める

当面はラフールナガール小学校において昨年度年間出席率が75%以上の、積極的に子どもを学校に通わせている家庭の中から特に貧しい家庭を選抜し、訪問を繰り返しつつ生活状況や収入源などを調べ、適当な仕事を提供します。

仕事を提供する際には契約書を作成し、子どもを継続的に学校に通わせることを条件とします。これにより「きちんと子どもを学校に通わせている家庭には仕事を提供してくれる」と村全体に広めることで、今まで教育に無関心であった親たちを「うちの子どもも年間75%以上学校に通わせよう」という方向へ意識改革をしていくことができます。このようにして村の子どもたちが心身共に健康に育ち、最低でも中学校まではしっかり学校に通えるようにするための環境を村人と共に整えていきます。

 

おわりに

現代人は日々の生活において、多様な人々とコミュニケーションをする中で、多くの知識を学んでいます。そのベースとなるのは「活字(文章)を読み、書き、 理解できる能力」です。しかし、ラフールナガール村の人々には、特にたの 村よりもその基礎知識が著しく欠如しています。そして、自分たちの地域外の者と はほとんど接触せず、何十年もの間同じ生活スタイルを貫いてきました。しかし、その生活は政府からの配給など、多くの援助があってはじめて成り立っている ものであり、決して自給自足で生きているわけではありません。

 

彼らには貯蓄はありませんが、時間はたくさんあります。しかし彼らはその時間を決して勉強=自己能力の向上に充てようとはしません。その理由は、大半の親が勉強するために必要な「基礎知識=読み書き計算能力」を持っていないからです。

今、世界は急速に変動しています。そうした中で援助なしでは生活することのできない彼らが今の生活を続けていくことは、さらなる「格差の拡大」につながるということです。彼らの雇用主である隣村のBCクラス(農村部の地主クラス)は、こうした社会の変化に対応するため、自分の子どもを有料の私立学校または私塾に通わせる意義を、既に理解し実践しはじめています。格差の拡大は現時点でも広がりつつあるのです。
仏教子ども救援基金では、村全体の底上げと村民の自立を通じて、子ども達が教育を受ける環境を整えることを村で根気よく展開して参ります。

 

仏教子ども救援基金

ボランティア

齋藤 泰治